【映画紹介】ギンズバーグ判事死去に寄せて

こんにちはK又です。

先日(9月18日)アメリカのルース・ギンズバーグ最高裁判事が亡くなったことが報道されました。
アメリカの最高裁判事は9人で、欠員が生じると時の大統領が指名し、上院の承認によって決まる仕組みになって任期は終身。

現在、大統領選前にその後任を決めてしまおうとしていることがアメリカでは問題になっています。
と、ここで時事解説をしようという訳ではありません。2年前にギンズバーグ判事に関する映画が2本作られており(日本の上映は昨年)、個人的に大変興味深く見た記憶があるのでそれをご紹介したいと思います。

※少々長文ですがご勘弁ください。

1本目は『RBG 最強の85才』。ドキュメンタリー作品です。
「RBG」とは「ルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)」の頭文字で、これが愛称になった経緯も本作で紹介されています。
ギンズバーグ氏は性差別の撤廃などに法律家として尽力し、最高裁判事としては判事の構成が保守派優勢になってからの反対意見が大きく注目されるようになり、ポップカルチャーアイコンにまでなった人物です。
前半はギンズバーグ氏が最高裁判事になるにあたっての上院の公聴会(1993年)の模様と本人を含めた数々の証言で氏の半生と人柄が紹介されます。
この公聴会で中絶問題などについても堂々と意見を述べ、保守派・共和党側のオリン・ハッチ上院司法委員に「賛同しかねる点もあるが、それは問題ではない。あなたには感心します。最高裁判事にふさわしいと思います」と言わしめ、96対3で承認されます。
この映画はギンズバーグ氏のこうした人間性を余すところなく伝えているところが大きな魅力ですが、そのパートナー(マーティン)との夫婦の相性も注目点です。

そこで2本目の『ビリーブ 未来への大逆転』。
こちらはギンズバーグ夫妻の学生結婚から二人で家庭(子供は長女と長男)を守りつつ性差別に関わる裁判に挑んだ話が中心になっています(事実を基にしたフィクション)。
夫婦とも法律家ですが、妻が篤実で努力家なのに対し、明るく社交的な性格でお互いを補い合っています。
学生時代、夫マーティンは大病に倒れますが、ルースは家事・看病・勉学をすべてこなし危機を乗り切り、快復後は家族の食事はマーティンが支度(ルースは料理が苦手)するなど、大変バランスよい夫婦の姿がさらっと描かれています。

説明だけだと都合がよすぎるように聞こえますが、ギンズバーグ氏は夫のことを、「当時の男性にはめずらしく、自分の知性面を評価してくれた唯一の男性」だったと振り返って(2010年死去)いたほどで、本当にお互いに尊重しあえる仲だったようです(1本目『RBG~』)。
その後ギンズバーグ氏が1980年に連邦控訴裁判所判事に指名(カーター大統領)された際、夫マーティンが別居せずに当時の職を辞め妻の職場の地(ワシントン界隈)に付いていったのは対等な関係であったからこそなのだと私には思えました。因みに最高裁判事指名に迷っていたクリントン大統領(当時)にあらゆる手を尽くしてロビー活動をしたのは夫マーティンだったそうです。それでも迷っていた大統領、本人に会ってみて15分で指名を決めたと語っています(『RBG~』)。

今起きている社会問題そのものも大事ですが、まずは偉大な故人の人物像を知るとそうしたことが奥行き深く捉えられますので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。
現在、両作ともAmazonPrimeで見ることができますのでおすすめです。

RBG 最強の85才( 1時間38分)

ビリーブ 未来への大逆転( 2時間)

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<余談>
これ以上の長文を避けるために、上記本文で書くのは自重した『RBG~』に関する小ネタ的な補足を蛇足ながら以下書かせてください(もうお腹いっぱいな方は読み飛ばしてください)。

アントニン・スカリアという判事がギンズバーグ判事の最高裁の先輩として在職していました(指名はレーガン)。この二人、思想的には全く相容れないほど真逆なのですが、大変仲が良かったそうで、趣味(オペラ鑑賞)が合ったのもあるのでしょうか、気さくに冗談を言い合っていたそうです。少し旦那さんの明るさとの相性も想起されます。
スカリア判事という法律家の保守性の特徴として「原意主義」(法が書かれた時の趣意に沿って解釈すべきという立場)というのがあります。対してギンズバーグ判事は性差別解消の根拠として修正憲法14条(法の下の平等について)を挙げるのですが、修正14条は南北戦争後の奴隷解放のために制定されたもので、もし二人が憲法論議をしたらここで大きな対立を示したはずです。
しかし、二人は仲が良かった。ここが人間の面白いところです。

ところが、スカリア判事は2016年に突如亡くなります(映画ではそのことには触れていません)。実はここで今回と同じ問題が発生します。そう、この年はあの大統領選挙の年だったのです。ただし選挙まで9ヶ月、新大統領就任まで11ヶ月という間があったのですが、オバマ政権下で議席数で優位にあった共和党は新大統領の下で決めるべきだと審議を断固拒否しました。
そして誰もが知るとおり、ドナルド・トランプ大統領が誕生し、14ヶ月間という長い空位期間を経て保守派のゴーサッチ判事が2017年4月に指名されます。
映画にも出てきますが、大統領選挙期間中にギンズバーグ氏はトランプを「詐欺師」「どうしようもないうぬぼれ屋」と酷評します。最高裁判事が選挙期間中にです。これはさすがにまずく、後にギンズバーグ判事は謝罪しました。
映画ではなぜこんな暴言を吐いてしまったのかについては言及されていません。これは私の邪推ですが、以下のような出来事が影響していたのかもしれません。

スカリア判事の死の直後、当時共和党候補の一人であったトランプはスカリアは殺害されたのでは?という陰謀説を吹聴します。
https://www.cnn.co.jp/usa/35078005.html
今や我々にとってはよくあるトランプ節のひとつのようにしか聞こえませんが、これを聞いたギンズバーグ氏の気持ちたるやいかばかりか、と思うと、あれだけ冷静な法律家でも理性を失うことはあるのかもな、と感じざるをえません。