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データマネジメント
公開日:2023/09/27
総務省が行っている統計で家計調査というものがあります。国民の家計収支の実態を把握することで国の政策に資するために行っている統計調査です。目的はそういうことですが、最近我々はこの調査のある食品の調査結果を毎年目にしています。そう、宇都宮・浜松・宮崎が首位を争っている(とされている)餃子の都市別の一世帯あたりの年間消費額です。
家計調査は戦後始まった消費者価格調査が変化し1953年から現在の名称で行われています(総務省HPより)。餃子が調査対象となったのは1987年からで、調理食品の分類の中の一つとして位置づけられています。
ここで分類される調理食品としての餃子は、スーパーなどの小売店で販売されている調理済み、もしくはあとは焼くだけの生餃子のことを指します。家庭での手作り餃子の材料(皮・肉・野菜)費は調理食品ではないので含まれません。冷凍餃子も含まれません。なぜなら調理食品分類の中に「冷凍調理食品」という項目が別にあるからです。ラーメン・餃子店での持ち帰り用の餃子も生・冷凍問わず含まれません。外食の分類に「中華食」という項目があるので持ち帰りでもそこに含まれます。ただし、最近流行っているテイクアウト専門のお店のものは家計調査の餃子に含まれます。
報道のイメージでは、餃子消費の総力戦がランキングされているような印象を持ってしまいそうですが、実はかなり限定された消費項目の順位なのです。元々総務省は家計収支と消費の実態を調べるために統計を取っているのであって名物品の優劣を決めることは目的としていません。家計調査の調理食品の項目を並べてみると、「弁当」「すし(弁当)」「おにぎり・その他」「調理パン」「他の主食的調理食品」「うなぎのかば焼き」「サラダ」「コロッケ」「カツレツ」「天ぷら・フライ」「しゅうまい」「ぎょうざ」「やきとり」「ハンバーグ」「冷凍調理食品」「そうざい材料セット」「他の調理食品のその他」となっていて、およそ都市対抗を目的とした調査などでないことがよくわかります。
餃子は調査対象となった1987年から宇都宮市が長らく毎年日本一を誇っていました(1995年に一度だけ静岡市に1位を明け渡す以外は)。元々宇都宮市には餃子のお店が多く市民に親しまれていた食べ物ではありましたが、当初は地元でもこの副次的に表れる数字(外食や持ち帰りが含まれない)が注目されることはありませんでした。ところが平成に入った90年代以降に地域おこしに餃子を取り上げる動きが始まり、2001年に宇都宮餃子会が設立されます。この頃から餃子の街宇都宮というブランドイメージが少しずつ作られていき、宇都宮市民にもこの統計結果が認識されるようになります。
現在総務省のウェブサイトからダウンロードできる家計調査のデータは2000年からですが、まず2007年までの宇都宮単独王者時代の支出額の推移を見てみましょう。
年 支出額(全国) 支出率(全国)
2000 3,443(2,460) 0.35%(0.25%)
2001 4,074(2,423) 0.44%(0.26%)
2002 4,625(2,495) 0.48%(0.27%)
2003 4,964(2,438) 0.54%(0.26%)
2004 4,320(2,345) 0.45%(0.25%)
2005 4,710(2,245) 0.51%(0.25%)
2006 5,654(2,307) 0.60%(0.26%)
2007 5,381(2,246) 0.60%(0.25%)
※カッコ内は全国平均
※支出率は全食品の支出に占める餃子の割合(筆者が総務省データから計算)
2001年以降は2位以下を1,000円以上引き離しての圧倒的な1位です。支出率から見ても、食費全般が肥大化した結果ではなく、餃子を食べる機会が非常に多いことが伺えます。繁盛している外食を含めなくてもこれだけの額と割合になるのは宇都宮市民と餃子の親和性が高いからかもしれません。
しかし、2006・2007年の支出額は少し異常とも言える高い数字です。全国平均の倍以上、2位(いずれも京都市)からも2,000円以上引き離しています。これはライバル浜松市の登場が影響していると考えられます。
浜松市参戦の話の前に、家計調査の都市別集計のレギュレーションを少し説明しておく必要があります。「都市別」と書きましたが、厳密には県庁所在市と政令指定都市が集計対象となっています。浜松市が政令市になるのは2007年4月からですので、家計調査の集計対象となるのは2008年分からになります(調査は毎月実施しているので2007年は対象とならない)。
その政令市になる2年前(2005年)、浜松市内の飲食店経営者の有志が「浜松餃子学会」を設立し、宇都宮市に並ぶ餃子の街を目指すことを宣言します(日本経済新聞・静岡版2005年6月4日記事)。その1年後(2006年)、浜松餃子学会は浜松市長を訪ね、浜松餃子マップの完成を報告するとともに「日本一宣言」をします。「生産量は日本一ほぼ間違いなし」ということで、そのことを証明すべく市長に統計調査を依頼し市長はこれを快諾します(静岡新聞・2006年6月3日記事)。2008年からの家計調査の発表を待たずに独自の調査で日本一を宣言しようというのです。これは明らかに煽っています。王者宇都宮市民はこれをどう受け止めたのでしょうか。
翌2007年2月、その浜松市の独自調査の結果が発表されます。なんとその額19,403円、宇都宮市の4倍です。ただし調査方法は、2006年9月に164世帯(世帯人数643人)に対して手作りや冷凍食品を除いた持ち帰り餃子など家庭で食べられる餃子を対象に調査、というものでした(静岡新聞・2007年2月20日記事)。店舗の持ち帰りを含めてしまってはまったく比較対象にはなりませんが、浜松餃子学会はこれをもって改めて日本一を宣言します。
静岡新聞は宇都宮餃子会にコメントを求めていますが、事務局長は「悔しいというのではなく、宇都宮と浜松の市民がそれだけ餃子を好きだというのは喜ばしい。全国の餃子の愛好者が増えるよう頑張っていきましょう」(同上記事)とエールを送っています。調査方法の違いに目くじら立てることなく、ライバルの出現を歓迎しています。実に冷静で大人な態度です。しかし一方で家計調査の結果は正直でした。数字の上では宇都宮はライバルの出現に既にアツくなっていたのです。
(つづく)
【総務省参照サイト】(集計は同サイトからダウンロードしたデータを元にしています)
家計調査の概要
https://www.stat.go.jp/data/kakei/1.html
家計調査年報(家計収支編)
https://www.stat.go.jp/data/kakei/npsf.html
【参考記事】
・「地元の隠れた名産品『浜松餃子学会』設立へ」(日本経済新聞・静岡版・2005年6月4日)
・「『浜松の餃子、日本一』宣言 180店以上、生産量に自信 グルメ学会が市長に報告」(静岡新聞・2006年6月3日)
・「餃子好き、浜松が日本一 世帯消費、年1万9403円-市の調査を"学会"が発表 『地域グルメ発信、地震』」(静岡新聞・2007年2月20日)
【参考文献】
・『秘訣は官民一体 ひと皿200円の町おこし 宇都宮餃子はなぜ日本一になったのか』(五十嵐幸子 小学館新書 2009年)